夢におじいちゃんが出てきた話。

もう10月が終わる。

私、もう心身共に限界で、、、m(__)m


3月に退職して、弁護士さんを通じて、労災の申請と訴訟の準備をしてきましたが、

弁護士さんに30万ほど着手金を支払ってから、

8ヶ月、まだ全く何も進んでなくて、

あげくの果てに、4回(4ヶ月)打ち合わせをドタキャンされて、

体調も悪いし治らないし、お金もないし、


パニック障害で電車に乗るのも、外出の予定だけでも具合が悪くなるので、

図書館も病院も、どこにも行けず。


買い物は、9月から生協(コープの宅配)に頼ることにした。

週1で届けてくれて、ちょっとラクになった。


もう1年近く、ひどい体調不良が続いていて、収入もなく、

お金の心配がダイレクトに体調にきて、

それが悪循環になっていて、


さすがに弁護士さんに連絡して、

労災の申請を早くして欲しい。

自分で直接労基に交渉と申請してもいいか。

連絡したけど、打ち合わせすることになり、何度も何度も何ヶ月もドタキャン続き。


もう疲れ果ててしまって、

精神系の疾患は、申請後も審査に何ヶ月もかかるから、

労災が出たとしてもあと何ヶ月、何年後になるかも分からず、

・このまま貯金が尽きて、生活保護の申請になるか、

・体調がめっちゃ悪くても無理して働くか。

・毒親の実家に帰って、意地悪な母を見る地獄の田舎生活をするか。

・人生を終わらせる


選択肢は、この4つになるのかなーと毎日考えていました。


もう疲れた、体調悪い、いつまでこの体調不良が続くのか。

消えたい、消えたい、消えたい、消えたい。

体調が悪い、誰か助けて。


毎日毎日、頭の中はこんな考えでグルグル・・・。


誰も助けてくれん、

毒親、毒家族、弁護士、医者、市役所。

誰に助けを求めても、働いている人達も

みんな自分のことだけで限界で、

困っている誰かを助けてあげたり、優しい言葉をかけたり、

そういう余裕もない人達というか、


もうみんなギリギリで生きてる時代なんだなぁ。

こんなに大変な時代なんだから、誰かを助ける仕事をしている人は

コロナ禍で病院も市役所も弁護士も、ただでさえ過労の上、

病んだ客が多すぎて、ホントに毎日大変だと思う。


結局は、誰も助けてくれないから

自分で自分の体調を直して、

自分で感情や考え方のコントロールをして、

全部自分で何とかして生きていくしかない。

誰も助けてくれない。ほんとに。


そんな毎日で、

もう限界、限界、限界と過ごしていたら、


夢の中で

次から次に、亡くなったあっちの世界の人、

弟、父方のおじいちゃん・おばあちゃん・ひいおばあちゃん

母方のおじいちゃん・おばあちゃん、

毎日毎日夢に出てくる。ほんとに毎日。

その中でも、

おばあちゃんは、2人ともイジワルで、

(昭和の田舎のお婆さんは、人をいじめることしか趣味がない。)


父方のおじいちゃんと、ひいおばあちゃんだけは、

私たち兄弟を、ものすごーーーく可愛がってくれて大好きだったんだけど、


なぜか夢の中では、

母方のおじいちゃんが、一番多く出てくる。

なんでかな?

母方のおじいちゃんは、和菓子の職人さんだったから、

いつ行っても、1日中仕事で、小豆を炊くのに目が離せなくて、

お盆も正月も休みなしで、親戚で集まることがあっても

みんなで一緒に食事することもなく、工場で1日中仕事してたし、

おじちゃんは、ものすごーい無口な職人さんだったから、

会話したり、遊んでもらったりした記憶は一度もない。


夢の中では、

私が入院しているシーンで、ベッドで点滴をしていて、

(体調不良か、自○未遂かな?)


めったに喋らない・外出しない、その母方のおじいちゃんが、

何度も何度も、1人でお見舞いに来てくれる。


夕方、ウォーキングをしながら、

なんで母方のおじいちゃんが何度も何度も

お見舞いに来てくれる夢なんだろう。


一番可愛がってくれたのは、

父方のおじいちゃんと、ひいおばあちゃんなのに。

あと頑張れって言って、夢に出てくるとしたら、弟なのになぁ。


と、不思議に思っていたんだけど、


夜に寝る直前に、

母方のおじいちゃんが、なんで私の夢に何度も出てくるのか、

突然、いきなり意味が分かって、声が聞こえて、

ブワーーーーーッと涙が出て、もう止まらなかった。


『うちで働かせて、悪かったなぁ・・・。』

って言いにきたんだ。


実は数年前、私には、やりたい夢があったんだけど、

働いてたお店が突然閉店して、一旦実家に帰るタイミングで、

母方のおばあちゃんが足の手術をしてしばらく入院するということで、


親戚中の人たちが、私が店で働けばちょうどいい。

という目線で、


私は、東京での仕事の誘いもあって、

夢を続けられるチャンスがあったけど、

遠くの高校に電車で通う妹がいて、

私は、高校生の時に、毒親に送り迎えしてもらえなかったから、

あの地獄を、妹に同じ経験を絶対させたらあかん。

あんな可哀想な思いは妹にさせたくない。

と思い、


毎日、妹の送り迎えをしつつ、

入院したおばあちゃんの代わりに、母方の実家のお店の手伝いをし、

帰りに病院にお見舞いに行くという生活をしていた。


キンキンに凍るような寒い職場。

真夏でもスキーウエアを着て、その下に何枚も服を着て、

全身重たくなるような格好。


この時期から、私の体調不良の初期症状は出始めていたように思う。

今思えば、あんな冷えた場所にいたら、本当に自律神経がやられる。


自分の夢をあきらめて、

毎日妹の送り迎え、母方の実家の手伝い。

給料なんて、ほんのお小遣い程度で、ガソリン代と税金で消える。

友人の結婚式の招待が何件もあったけど、

お金がなくて出席できず、

友人達とも疎遠に。


毒親は、私を働かせておけば、

自分が親孝行したことになる。という、


もう何もかも奴隷のような生活で、

「自分さえ我慢すれば。」という気持ちとストレスと、

体の冷え。


この時期から、私の人生がおかしな方向に転がり落ちて行ってしまったように思う。


入院していた母方のおばあちゃんは、

私が手伝いに行っていることに対して、

「おおきに、おおきに」と言うような可愛いおばあちゃんなら、

まだ心が救われていたかもしれないけど、

毎日毎日、嫌味をいうような、ホントに意地悪な老人だった。


それでも私は、介護も一生懸命した。


結局、心身ともに限界がきて、

妹の高校の送り迎えを卒業まで3年間続けたあと、



逃げるようにして、親と親戚と縁を切って遠くに逃げてきた。

命は守らなあかん、ここから逃げなあかん、もう体が壊れる。

と思ったから。



そんな成り行きがあって、

もうあれから8年ぐらい経つけど、


母方のおじいちゃんが、何度も夢に出てきて、

今やっと謝ってくれたんだ。私に。

『うちで働かせて、悪かったなぁ。』と。


誰一人と、自分の苦しみを分かってくれなかったことが、

それが私は辛かったんだ。

おじいちゃんが謝ってくれた。初めて誰かが私に謝ってくれた。


やっと謝ってくれた。


やっと分かってくれた。


そう思ったら、もう涙がずっとずっと止まらなかった。

多分、心の中の苦しみが、

夢の中のおじいちゃんの一言で、流れていった気がした。


自分の中では、ものすごい心霊体験みたいな感じがして、

もしかして、これで体調治った?

と翌朝、すごく体調が良くなっていて、

久しぶりに健康な体の感覚を思い出した感じがして、


そこから3日間くらいは、薬を飲まずに過ごすことができた。


もしや、この心霊体験で、体調がすっかり治ったんかな?

と思ったけど、やっぱり長年のストレスが体にかけた負担は、

想像より大きいんだと思う。


あの心霊体験から4日ぐらい過ぎたら、

効果も薄れてきて、また体調不良の毎日に戻ってしまった。


でも、不思議な経験だった。

おじいちゃん。

苦しみって、多分、自分の辛さを誰にも理解してもらえないことが

一番苦しいことなんだと思う。


奴隷のようなブラック企業だったとしても、

たった一人でも、「負担をかけて悪いねぇ、体調は大丈夫か。」

と気遣いの一言をかけてくれる上司が1人でもいたら、

もし「何かしんどいことはないか。手伝えることはないか。」

そんな言葉をかけてくれる人がいたら、


そのたった一言で、どれだけの命が救われるだろう。

と思ってしまう。


優しい人になりたいな。

言葉はほんとに大事だと思う。


おばあちゃんから「おおきに。」という

たった一言の感謝の言葉が、もしあったら、

私は救われていたと思う。


そんなに世界は甘くないか。

でもみんなが次から次へと、順番のようにメンタルや体調を壊す、

こんな時代は、ちょっと危険なんじゃないかと思う。


体調が早く良くなって欲しい。

今はそれだけ。ひとまず今は休むことに専念。

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